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IT産業調査室

IT/ICT産業の業績や就労環境などを調査し分析しています

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受託系とネット系を比べて分かったこと 《2025年の崖》のあと「平均年収1200万円超」は実現するか

コンピュータ処理の8割が「例外処理」

 先に経済産業省が発表した「DXレポート~ITシステム《2025年の崖》の克服とDXの本格的な展開~」で目に留まったのは、49ページの図《DX実現シナリオ》にある

「2017年(IT人材平均年収)約600万円」→「IT技術者の平均年収:2017年時点の2倍以上(米国並み)」

 の文言だ。

 周知のことではあろうけれど確認のために書いておくと、2019年から2025年までの間にWindows7、Windows2008Server、SAP ERPのサポート終了、日立製作所のコンピュータ事業撤退、PHSとPSNT(Public Switched Telephone Network:固定電話網)の廃止が決まっている。海外のIT企業に振り回されてオタオタするのは口惜しい気もするが、それが日本のIT力と諦めるしかない。

 コンピュータやソフトウェアは代替品に入れ替えればいいのだが、日本の企業は都度つどの「例外」をコンピュータに持ち込んだ。コンピュータ処理の8割は「例外処理」で、しかも年に1度動くかどうかの手続きまでシステム化されている。OSすらカスタマイズしてしまうのは完璧主義・個別最適の典型で、クラウド化してもそのメリットは限定的だ。

 PHSやPSTNが廃止されても、代わりに5Gのスマートフォンが実用化される。だから支障はない、というのは大きな間違い。クレジット与信・決済システム、POSや自動販売機の簡易ネットワークは再構築せざるを得ない。またJCA日本チェーンストア協会)手順のEDI(電子データ交換)システムも動かなくなる。当然ながら端末も入れ替えになる。

 サーバーもパソコンもネットワークも入れ替えるなら、デジタル・トランスフォーメーション(DX=ITを活用したビジネスモデルの破壊的改革)に移行するチャンスだが、見回すと1985年に22歳だった新人エンジニアが、2025年には62歳、システム開発・運用の現場から姿を消す時期に差し掛かっている。

 現行システムをDXに対応させようとしても、どこから手を付けていいか分からない。都度つどにプログラムが追加されているので、増築に増築を重ねた旅館のようになっている。そういう中でIoT(Internet of Things:モノのインターネット)だAI(Artificial intelligence:人工知能)だRPA(Robotic Process Automation:単純繰返し作業の自動化)だといっても、にわかに取り込むことができない。それを総じて経産省は《2025年の崖》という。

中央値で見る”平均値のマジック”

  本当に《2025年の壁》は存在するのか?

 という異論がないでもない。

 IT製品のサポート終了や販売停止はこれまでもあったし、そのたびに大きな混乱が起きたわけではない。レガシーシステム(「DXレポート」での定義:老朽化、肥大化、複雑化、ブラックボックス化したシステム)がIT負債であることを認めるとして、しかしレガシーシステムの維持経費が「攻めのIT投資」を圧迫しているという二者択一論は成立するか、という疑問もある。

 とりあえずここでは《2025年の崖》があるとして、さらに経産省がいう「放置すれば年12兆円の損失」「適正に対応すれば2030年の実質GDP130兆円の押上げ効果」は別の機会に論じるとして、「IT技術者の平均年収:2017年時点の2倍(1200万円)以上」は実現可能なのか、というのが筆者の疑問である。

 「DXレポート」が想定する《2025年の崖》の先とは、「実質GDP130兆円の押上げ効果」が期待される2030年、つまり12年後と考えていい。「2017年の平均年収約600万円」という値は、株式公開受託系IT企業183社の平均年収614.3万円(2017年、筆者調べ)とほぼ一致することから、経産省が受託系IT企業の就労者を念頭に置いていることが分かる。

 ※決算集計の対象は204社だが、平均年収は単独・個別の就業者をベースに算出している。事業の実務を担っていない純粋なホールディングカンパニーは極端に就業者数が少なく、平均年収が高いケースが少なくないため、中央値に影響を及ぼす(平均値への影響は軽微)。このため、単独・個別の就業者数が連結就業者数の10%未満で、かつ100人未満の企業を除外した。ネットサービス系も同様。ちなみに数値は直近の有価証券報告書から。

 留意しなければならないのは「平均値のマジック」だ。100×9と1009×1の平均値は100 9÷10=100.9だが、1×9と1000×1でも平均値は100.9になる。そこで中央値が重要になる。前者の中央値は100、後者の場合は1で、平均値は同じでも後者のほうが偏りが大きい。

 まず183社の最高額は野村総合研究所NRI)の1166.0万円、最低額はエコミックの332.8万円で、その差は833.6万円。中央値は91位・うるるの553.9万円 で、平均値より60.4万円低い。平均値に最も近いのは55位・システム情報の613.8万円なので、36社が上ぶれしていることになる。

 ちなみに、1人当たり売上高に占める平均年収の比率(労働分配率)は、中央値うるるまで91社が35.3%(1人当たり売上高は2056.6万円)、平均値システム情報まで55社は35.6%(2178.6万円)、年収800万円未満44社は29.1%(2342.7万円)、年収800万円超11社は44.2%(2078.1万円)、183社全体は36.8%(1668.4万円)だった。

ネット系の労働分配率は13.3%

  同じ集計をネット系179社についても行ってみると、全体の平均年収は594.4万円だった。最高額はグリーの810.3万円、最低額はホットリンクの320.5万円で、その差は489.8万円だ。

 中央値は90位・スタートトゥデイの524.9万円で、平均値より69.5万円低い。平均値に最も近いのは38位・プロトコーポレーションの592.5万円なので、52社が上ぶれしていることになる。

 労働分配率は、中央値スタートトゥデイまでの90社が13.8%(1人当たり売上高は4722.8万円)、平均値プロトコーポレーションまでの38社は13.9%(5145.9万円)、年収800万円未満の37社は13.6%(5231.1万円)、178社全体では14.1%(4210.0万円)だった。受託系に対しネット系の就業者数は4分の1だが、1人当たり売上高は2.5倍と、労働生産性の点では大きく受託系を上回っている。

 では、「DXレポート」が指摘するように、受託系IT企業に勤めるIT技術者が「既存システムの維持・保守業務から最先端のデジタル技術分野にシフト」するかと考えると、12年後とはいえ、ほとんどそれは困難に違いない。受託型ITサービス会社の経営者が「受託型からAI,アジャイル、マイクロサービス等の最先端技術を駆使したクラウドベースのアプリケーション提供モデルに転換」することを決意するとは、とうてい思えないからだ。

 1980年代はいざ知らず、発注者からいわれたこと以外はしないのが現在の「受託」の鉄則である。「火中の栗を拾わず」「羹に懲りて膾を吹く」が染みついているうえ、できるだけダラダラと、しかし見かけはテキパキと仕事をするのが受託系でいう「いい技術者」なのだ。

 「DXレポート」は就業者数において多数を占める受託系(183社で48万2,603人)に焦点を当てつつ、実は生産性が高いネットサービス系(179社で11万3,061人)を念頭においているようにさえ思えてくる。

 表にまとめると、産業規模においてネット系は受託系よりはるかに小さいように見える。しかし仮に、ネット系の労働分配率が受託系並み(35%)に高ければ、平均年収1473万円という値がはじき出される。逆に就業者の平均年収を1200万円に固定すれば、ネット系の労働分配率は28.5%となり、受託系の36.6%を10ポイント近く下回る。つまり、十分に利益が出る計算になる。

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「すべての企業が”デジタル企業”に」の意味

 

  端的にいうと、受託系IT企業は東京オリンピック2020終了後に予想される不況で深刻なダメージを受ける。消費税率アップと改元に伴うシステム改造需要が終了するだけでなく、日銀の金融政策が破綻することも想定しなければならない。大手企業を中心に投資の縮減が起こり、IT予算の執行停止、プロジェクトの中止など、雇用調整助成金指定業種となった1993~95年の悪夢が再来する(かもしれない)。

 同じように、経産省ないし「DXレポート」は、20世紀型ヒエラルキーとルールに拘泥する企業に対して、手取り足取りのきめ細かな政策サポートを講じるつもりはないのかもしれない。レガシー改革=DX化に着手することが「全き是」であるとは限らない。明確な意思をもってレガシーを堅持する(常識的にはあり得ないが)なら、それはそれでいい、ということだ。

 おそらく2021年がターニング・ポイントだろう。硬直した組織とルールで運営される既存の企業は《2025年の崖》を転げ落ちる。しかし経営者も就業者も「茹でガエル」になっているので、危機感を抱くことはない。自社の将来ビジョンを示すことができないサラリーマン社長と「なんちゃってCIO」が、「おい、当社のDXはどうなってるんだ」とIT部門を責め立てても、事態は動かない。

 そこで改めて「DXレポート」《DX実現シナリオ》の図を眺めると、

(1)顧客、市場の変化に迅速・柔軟に対応しつつ、(2)クラウド、モバイル、AI等のデジタル技術を、マイクロサービス、アジャイル等の手法で迅速に取り入れ、(3)素早く新たな商品、サービス、ビジネスモデルを国際市場に展開⇨あらゆる企業がデジタル企業に

 の文言が意味を持ってくる。「DXレポート」は、DXの見本(ないしモデル)はネット系企業だ、と言っている。就業者1人当たりの生産性(売上高、営業利益)を、20世紀ヒエラルキー手続き型企業の2倍から3倍に引き上げて初めて、就業者の平均年収1200万円超が実現する。

 硬直したヒエラルキーに依存する意思決定プロセスを打破できなければ、生産性は上がらない。DXとはすなわちITのことではない。「DXレポート」は一般論ではなく、産業政策が「ネット型ビジネスモデル重視」にシフトすること、いわゆる「ITのユーザー企業」を「ITサービス企業」に転換する支援策を講じるであろうことを示唆している。